2026.07.26
木下サーカス・木下唯志 代表取締役社長『1990年 存亡の危機』
今回は「木下サーカス」代表取締役社長 木下 唯志さんです。
「世界三大サーカス」の一つ、木下大サーカスは、最先端の技を多彩に繰り広げる、岡山発のエンターテイメントです。
転機の年…10億の負債でも「諦めない」気持ち
(篠田吉央アナウンサー)
「それでは転機の年を教えてください。」
(木下サーカス 木下唯志 代表取締役社長)
「はい、『1990年 存亡の危機』です。」
1990年には、岡山空港と札幌を結ぶ直行便が就航。高松市は市政100周年を迎えました。
(篠田吉央アナウンサー)
「『世界3大サーカス』、そして多くの人を魅了している『木下サーカス』でも存亡の危機というのがあったんですか。」
(木下サーカス 木下唯志 代表取締役社長)
「私の兄が3代目の社長で、45歳の時に倒れました。そしてその時は約10億円の負債があったんですね。ですが、うちの税理士の先生は毎年1億、2億、3億の損害が出てしまうと、いくら木下家と言っても、もう大変なことになるから、もうすぐにでもサーカスをやめなさいとアドバイスされました。さあ、どうしようかなという時にね、とにかく『諦めない。』ということで続けようと。木下サーカスを守り抜かなくてはいけないなという気持ちがありましたね。その時に、姫路城の前の大手前公園でやる計画があったんです。ところがそこに行ったら地下駐車場があって、そこの上にはトラックが入れない、フォークリフトも乗せられないという状況から行うのはどうするかということですよ。どうしたらできるだろうかということを考えまして、200トンのクレーンで物をそろっと下ろして『コロ』ですよ。まさにエジプトのピラミッドの時代じゃないんでしょうけど、そして動かしていった。その当時は白い虎、ホワイトタイガー16頭のチームですから。そうしますとね、その大手前公園を1周2周ぐらいするお客さんに来ていただきましたね。」

断崖絶壁に立って吹いた新しい風
(篠田吉央アナウンサー)
その姫路での成功というのが、その大きな10億円の借金から抜け出すきっかけになるんですか。
(木下サーカス 木下唯志 代表取締役社長)
「10年間はかかりましたよね。後で考えてみると良かったなというわけです。やはり松下幸之助さんのアドバイスがありますけれども『自らが断崖絶壁の淵に立て』と、『その時初めて新しい風は必ず吹く』というんですよ。新しい風は必ず吹くというのは、必ず良くなるということですね。それを信じるということなんです。それがなかなか実は難しいんですよね。」

